水無月の本・弐
「こおろぎとおきゃくさま」
「こおろぎとおきゃくさま」 大日本図書:村上勉(画)
幼い頃、大切なおもちゃとか、バッジとか、ちょっとしたもの、それも今から思えばなんの事は無いものを無くして、「とてつもない喪失感」を抱いたことはないだろうか?
公園とか、神社とかでひとしきり遊んだ挙句、「じゃあ、バイバイ」って帰ろうとしたとたん、「あっ」と気がついて探し出す。でも、見つからない。で、泣きながら探しまくって、でも見つからなくって。沈む夕日。暗くなって、街灯に灯がともる。怒った父親の顔が目に浮かび、あきらめて家路につく…。
そんな、思い出は、ありませんか?
あそんでいた「えみちゃん」は、あめにふられて、「うさぎさん」のぬいぐるみを忘れて行ってしまう。わすれられた「うさぎさん」のぬいぐるみは、置き去られたまま。その「うさぎさん」をはげましたのは、心やさしい虫たちでした。さて、無事「うさぎさん」はえみちゃんの元に帰ることができたでしょうか?…
とにかく、表紙の村上勉氏の絵がすばらしい。なくした「宝物」に再びめぐりあえた「えみちゃん」の喜びがあふれんばかりである。それを、閉じた目で、描いてくれた氏の手腕に脱帽。他の画も、表紙に勝るとも劣らない透明感のある繊細なタッチ。ただただ、恐れ入ります。
佐藤さとる氏の文章は言うに及ばず。
途中の「うさぎさん」のセリフ
「ねこには、ちゃんと きこえて、へんじも して くれたのに、えみちゃんたら、きこえないのね」
と言わせるところには、まいってしまう。そのあと、虫たちにその「事」を解決させる伏線は、お見事。(以下、ネタばれなので自粛モード)
うざったい、物知り顔の私ごときがしゃしゃり出る幕などない。小さな宝物が、「本当の宝物」として生き生きと輝く様を、佐藤・村上の名コンビが贈る「小さな」名品。とくと御賞味あれ。