水無月の本・弐
「りゅうのたまご」



「りゅうのたまご」 偕成社:村上勉(画)


 「りゅうのたまご」
 ご存じ、否含山シリーズの一編。
 上州は否含山の麓にある高取村の庄屋の六男坊の六之助。文字通り末っ子で上に5人の兄がいる。ある夏の日、不思議なにおいに包まれた、瀕死の侍を助ける。侍は、清らかな川の流れでにおいを落とすと、見る見るうちに元気になった。聞けば、「りゅうのたまご」とやらにさわってしまったらしい。
 六之助は、その「りゅうのたまご」を一目みたいと思う。そして、山を探し回る。そして侍にあった日から7日目、あの不思議なにおいが、六之助の方に流れてきた・・・。

 中国の「聊斎志異」にでてきそうな話であるが、佐藤氏にかかれば、「こうなるか!!」と、思わず読者をうならせる話である。初めて読んだときには、その「におい」が漂ってきそうな錯覚に陥ったことを今でも覚えている。それほど、印象的な出会いだった。六之助のキャラクターや父や兄との会話、侍とのやりとり。「りゅうのたまご」の描写。瀕死の侍。いささかの手抜きもなく、物語は展開する。分類してしまえば一種の「英雄誕生譚」であるが、やはりファンタジックな場面での描写はするどく、読者の心をはるか昔の否含山にいざなう。気が付けば、読者の目は、六之助のそれと重なりともに、すばらしい幻想的な場面を目撃することになる。

 例によって、物語の結末もあざやかに締めくくられる。佐藤氏の名調子に酔った読者の心は、しばしの間、、否含山の空を飛んでいるかもしれない。至福の一時である


偕成社文庫 :1981年8月 「りゅうのたまご」 解説:西本鶏介
佐藤さとる全集でもよめます。

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