師走の本・壱
「神秘島物語」


「神秘島物語」J・ヴェルヌ原作・佐藤さとる翻案

 佐藤さとるさんの本の紹介ですが、実はオリジナルでなくて翻案ものです。
「なんだ、翻訳か。」と軽くみてはいけません。子供たちはもちろん、大人だってほとんどの方が、日本語で読むわけです。ですから、原作の文章がいかに華麗で繊細で、名文であっても、「悪い翻訳は悪くて、よい翻訳はよい」という当たり前の話があります。「英語なら、OK」という方も、「神秘島物語」の原作はフランス語ですから、今の日本では原書で読める方はかなり少数派でしょう。

 確かに「神秘島物語」と言われても、「誰の作品?」という方がほとんどでしょう。たしかに、あまりメジャーな作品ではありません。かくいう私も、初耳でした。
この作品は、「十五少年漂流記(二年間の休暇)」や、「海底二万里」をかいたJ・ヴェルヌの作品です。オリジナルは、原稿用紙1000枚以上になる大作です。
この本は、福音館から完訳(しかも、イラストもフランス出版当時のものを再録)
が出ています。こちらも読んだのですが、佐藤さとるさんの訳本と比較して、違和感がまったくないのです。量だけきっちり1/4に凝縮されていて、内容はまったく薄くなっていません。

 もちろん本文も面白いのですが、佐藤さんの後書きの内容も興味深く読めます。なぜ、この話を翻案することになったか、翻案というものへの考え方もわかって、「なるほど」と、うなずけます。

 昭和初頭から戦後30年前後まで、いわゆる「翻案」ものが続々と出てきた時期があります。黒岩涙香の「鉄仮面」などや、わたしもお世話になった、山中峯太郎「シャーロック・ホームズ」や南洋一郎「ルパンシリーズ」など、さまざまなものがありました。しかしながら、「原作に忠実」ということがもとめられ、肩身の狭いものになりました。(ちなみに、私は山中ホームズで育ったため、”他”のホームズ物が読めません。(苦笑)ポプラ社から出ていた、乱歩二十面相、南ルパン、山中ホームズは今は無きわくわくドキドキの冒険小説でした。乱歩と南ルパンはいまでも入手可能ですが、山中ホームズは絶版です。)

 そんな中、「翻案を見直す」ということで、講談社から刊行されているこのシリーズは、なかなか面白い企画です。

菊池秀行の「吸血鬼ドラキュラ」、宗田理の「宝島」、横田順彌の「ソロモン王の洞窟」など、(わたしからすると)豪華絢爛のラインアップ。いまの子供たちがうらやましい。横順さんの名前が出てきて、ちょっとうれしかったりしました。

図書館には、入っているところも多いでしょうから、ご一読をお勧めします。


「神秘島物語」1997年刊行
「痛快世界の冒険文学」シリーズ 今も販売中。


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