卯月の本・弐
「たっちゃんとでんしんばしら」
「たっちゃんとでんしんばしら:表紙」 ひくまの出版:村上勉(画)
ファンタジーの種類はさまざまあるが、人間以外の「もの」に命を吹き込み、しゃべる力をあたえ、語らせるという系統のものがある。佐藤さとる氏の作品で言えば、「じゃんけんねこ」や「こおろぎとおきゃくさま」などがそれにあたるだろう。今回紹介する「たっちゃんとでんしんばしら」は、そういう作品である。
主人公の「たっちゃん」が、ふとしたことから、小山の下にある電信柱と、小山の上にある桜の木の間をとりもつことになるという本当に掌編と呼ぶのがふさわしい、可愛いお話。
佐藤さとる氏の作品には繰り返し登場するモチーフがある。「電信柱」も登場回数は少ないながらいくつかの作品に登場している。どれも、電信柱に一風変わった命を吹き込んでいる。この話では、電信柱に、《「ろく石」で顔を書く》とあるから、コンクリート製かもしれない。(今の子供たちには、「ろく石」といっても通じないだろうが)
ここでも、決して電信柱は急にしゃべり出すことはない。映画で、ロングに引いたカメラが、パンしながらよっていくかのように、坂の上のたっちゃんの家と、桜の木、電信柱が、紹介される。肝心の電信柱との話が始まるまでに、話の1/3以上が終了しているが(といっても、文庫本だと7ページぐらいの話ですが)この情景描写が、妙に心地よい。どこかで見たことがありそうな風景がそこにある。
目の前に、桜の木と、電信柱が立つ路地裏の通りが現れ、元気のいい坊やが坂道を駆け上っていく姿が、見えてくるのだ。
なにげない、日常の中に、ふと紛れ込んできた不思議。それをそのまま、ポンと手渡されたような、そんな話である。
おりしも、日本列島は桜前線が北上中である。お花見の中、桜をながめながら、ふと、思いを巡らせるのも結構ではないかと思うが、いかが?
「たっちゃんとでんしんばしら:裏表紙」 ひくまの出版:村上勉(画)