神無月の本・壱
「つばきの木から」



「つばきの木から」 佐藤さとる全集7巻:村上勉(画)


 「つばきの木から」

 カズヤとタモツの、おいかけごっこのちょっとしたお話。

 カズヤは、ふとタモツにこんなことを言う。「タモちゃんの通れる道なら、ぼくでも通れる。」  タモツは、椿の木をのぼり物置の屋根に飛び移る。カズヤも、同じように行こうとするが・・・

 結局の所、描かれているのは椿の木から物置の屋根に乗り移る場面と、その前後だけ。文字通り掌編である。文庫本でいうとわずか6ページ。その中のファンタジックな描写はわずか1ページあるかどうかである。はずかしながら今回再読する前は、もっとファンタジックな描写が多かったと記憶していたが、ページを数えると前述の通りである。つまり現実の描写がファンタジッックな描写をしっかりと支えているのである。カズヤとタモツの最初の掛け合い。タモツが椿の木から屋根に乗り移るシーン、そして最後の2人の様子。しっかりした「現実描写」という額縁に納められた、「不思議なできごと」が、品良く収まっている。
 
 椿の木といえば、佐藤さとるさんのお話には何度も登場してくる「定番」である。「だれも知らない小さな国」のあの椿の木を始め、いろいろな所でお目見えする。この話も別に「椿の木」でなくてもいいようなものだ。でも不思議に佐藤さんの椿に対する思いのようなものが見え隠れしているようで、こころ暖まる。いずれまた、佐藤さんには、椿の木の出てくるお話を書いていただきたいものである。


佐藤さとる全集 7巻に収録。

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